大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

水戸地方裁判所土浦支部 昭和60年(ワ)91号 判決 1989年9月27日

原告

奥村豊彦

右訴訟代理人弁護士

久保田謙治

被告

全国一般労働組合千葉地方本部美浦トレーニングセンター競馬場分会

右代表者分会長

村上善豊

右訴訟代理人弁護士

中丸素明

同右

白井幸男

同右

渡会久実

同右

高橋勲

同右

高橋高子

同右

守川幸男

同右

藤野善夫

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年六月七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被告は原告に対し、被告発行にかかる「組合ニュース」に別紙記載の謝罪文を掲載して、被告組合員三六〇名並びに日本中央競馬会美浦トレーニングセンター競馬場の全従業員に配布せよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者の地位

(一) 原告は、日本中央競馬会美浦トレーニングセンター競馬場(以下「美浦トレーニングセンター」という。)において、廐務員として稼動している者であり、昭和六〇年当時、日本中央競馬会の競馬場で働く調教助手及び廐務員(以下「日本中央競馬会の競馬場で働く」の記載は省略する。)で組織する日本中央競馬関東労働組合(以下「関東労」という。)の委員長であった。

(二) 被告は、調教助手及び廐務員で組織する労働組合である。

2  被告の名誉毀損

(一) 被告は、その機関紙である「組合ニュース」の昭和六〇年四月一八日号(以下「本件組合ニュース」という。)の中で、次の(1)ないし(4)(以下「本件記事」という。)のとおり執筆し、美浦トレーニングセンター付近に在住の被告組合員約三六〇名及び関東労組合員約九五〇名の各自宅に配布した。

(1) 露骨な裏取引が判明

(2) 企業年金労働者負担分増額を約束

(3) はっきり言わなくてならないのは廐務員クラブで労働者負担増の相談はありません。第一組合の理事も監事も一切関知していないのに勝手にきめられたのです。

(4) 吉田、奥村両氏らがその時点で裏取引の約束を使用者側にしてきていたのです。

(二) 被告は、本件記事を執筆、公表することにより、原告の名誉を毀損した。

原告の被った損害に対する慰謝料は金一〇〇万円が相当である。

3  よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料金一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年六月七日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるとともに、原告の名誉回復のための措置として請求の趣旨二項記載のとおり謝罪広告の掲載を求める。

二  請求原因に対する認否

1  同1の(一)及び(二)は認める。

2  (一) 同2の(一)は認める。

(二) 同2の(二)は否認する。

三  抗弁

1  次の理由により、本件記事の執筆、公表は、違法性又は責任が阻却されるので、不法行為とはならない。

(一) 公共の利害に関する事実

本件記事は、企業年金という、調教助手及び廐務員に重大な関わりのある事項に関するものである。

(二) 公益を図る目的

被告は、右(一)記載の事項について、一部労働組合幹部の所業を組合員に対して明らかにし、労働組合活動の正常化を企図したものである。

(三) 本件記事の内容はいずれも真実である。

(四) 本件記事の内容が真実ではないとしても、被告が本件記事の内容を真実と信じるについては、次の事情などから相当な理由があったものである。

(1) 社団法人日本調教師会(以下「調教師会」という。)は、昭和六〇年四月一一日の春闘交渉の中で、企業年金について、調教師会負担分は現行(中央競馬廐務員クラブ((以下「廐務員クラブ」という。))の各クラブ員の給与の一〇〇〇分の一五パーセント)どおりとし、廐務員クラブ及び同クラブ員の各負担分(現行はいずれも一〇〇〇分の一五パーセント)を一〇〇〇分の一七・五パーセントに引き上げるとの文書回答をしたが、従前には、右のように廐務員クラブ員の負担分の増額が春闘における回答の中に明記されたことはなかったこと、また、関東労が昭和六〇年四月一六日に発行した機関紙「関東労」の中で、廐務員クラブ員負担分が増額になること及び調教師会負担分が増額にならないことに全く触れなかったこと

(2) 調教師会負担分を増額しないで廐務員クラブ員負担分を増額させることについては、廐務員クラブで決議したことはなく、関東労及び全国競馬労働組合(以下「全馬労」という。)が右(1)の調教師会の回答を受け入れるに際し、関東労又は全馬労からの被告又は被告所属の廐務員クラブの理事若しくは監事に対する打診や相談もなかったこと

(3) 調教師会は、昭和六〇年四月一一日の交渉において、賃上げは金一万一二五六円であるにもかかわらず、これに企業年金の廐務員クラブ負担分の増額分金七三六円を加算してあたかも金一万一九九二円の賃上げであるかのように回答したが、関東労は、その頃、調教師会からの右回答の表現と同様に金一万一九九二円の賃上げ回答を得たと宣伝したこと

(4) 関東労及び全馬労は、調教助手及び廐務員のうち八五パーセント強を組織していること並びに右の両労組は昭和五七年の春闘以来共闘関係にあり、昭和六〇年春闘においても共闘したこと

(5) 原告は長年に亘って関東労の委員長をつとめる者であること

2(一)  本件組合ニュースの発行は、労働組合活動の一環として行われたものであり、本件記事の対象、内容、表現方法、本件組合ニュースの配布の態様等に照らして正当な業務による行為と認められるべきであるから、違法性がない。

(二)(1)  本件記事は、企業年金の掛金のうち廐務員クラブ員負担分の増額という、調教助手及び廐務員に重大な関わりのある事項に関するものである。

(2) 本件記事は、企業年金の廐務員クラブ員負担分の増額は廐務員クラブの総会や理事会などのしかるべき機関で決議するなど適正な手続の中で決められるべきこと、にもかかわらず廐務員クラブの一部役員(原告ら)が右のような手続を履践せず、その増額を使用者である調教師会に約束したのは不当であることを指摘したものである。

(3) 被告には、前記1の(四)の(1)ないし(5)の各事実から、本件記事の内容を真実であると信じるにつき相当な理由があった。

(4) 本件記事を掲載した本件組合ニュースは、美浦トレーニングセンターで働いている調教助手及び廐務員に配布された。

四  抗弁に対する認否

1  同1について

(一) (一)及び(二)は否認する。

被告は、原告を個人攻撃することによって原告の関東労内での指導力を弱め、そのことによって関東労を弱体化し、もって、被告自身の勢力を拡大しようとしたものである。

(二) (三)及び(四)は否認する。

2  同2について

(二)の(2)及び(3)は否認する。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1の(一)及び(二)は当事者間に争いがない。

二  請求原因2の(一)は当事者間に争いがない。

三  (証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、本件記事は、原告(当時、廐務員クラブの副会長でもあった。)及び吉田清志(当時、全馬労の委員長であり、かつ廐務員クラブの会長でもあった。)らが、企業年金の廐務員クラブ員負担分を増額することについて、廐務員クラブの理事会で相談がなされたわけでもないのに、その後も被告所属の右クラブの理事や監事には全く相談も打診もしないまま、調教師会が関東労及び全馬労による春闘共闘会議並びに被告に対して春闘の回答を示す前に、調教師会に内諾を与えていたことを指摘し、かつ非難したものと理解することができる。

そして、「吉田、奥村両氏ら」全馬労及び関東労の一部幹部が使用者である調教師会と「裏取引」をしたと指摘しているのであるから、本件記事の内容は、原告の名誉及び信用を毀損すべき性質のものであると認めることができる。

四1  ところで、労働組合の機関紙は、労働組合員その他の関係者に労働組合への関心を喚起し、その主張を周知徹底して賛同を求める目的で発行されるものであり、労働組合の行う教宣活動の中でも最も重要なものの一つである。

したがって、右機関紙の記事中で摘示された事実の内容が他人の名誉又は信用を毀損するものであっても、それが労働組合活動に関わるものであって、真実に合致するものであるかあるいは真実と信じるにつき相当な理由があり、表現方法(労働組合機関紙としての性格上、ある程度の誇張した表現は許される。)及び記事を掲載した機関紙の配布の態様等が相当なものである場合には、正当な労働組合活動の範囲内にあるものと解するのが相当である。

2  以下、右の観点から本件記事の内容等を検討する。

(一)  (証拠略)によれば、次の各事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 原告は、昭和五〇年頃から関東労の委員長をつとめ、昭和六〇年当時も委員長の地位にあった(この点は、前記一のとおり、当事者間に争いがない。)者であり、また、昭和六〇年当時、廐務員クラブの副会長でもあった(前記三のとおり。)こと。

(2) 関東労及び全馬労は、調教助手及び廐務員のうち八五パーセント強を組織していること並びに右の両労組は昭和五七年の春闘以来共闘関係にあり、昭和六〇年春闘においても共闘したこと。

(3) 調教師会は、昭和五七年春闘の団体交渉において、被告に対し、不当労働行為と評価されるような、関東労及び全馬労と差別する回答をしたことがあったこと。

その後も、被告は、調教師会が進めようとしている三頭持制度や週休二日制の問題について、関東労及び全馬労とは異なり、強い反対の態度を示していること。

(4) 調教師会は、昭和六〇年四月一一日の交渉において、その回答文書中の賃上げ等に関する項目の中で、当初、企業年金掛金のうちの、廐務員クラブ賞を原資としている廐務員クラブ負担分の増額分(廐務員クラブ賞が増額されることに伴って増額になる予定であった。)に相当する金七三六円をも加算して金一万一九九二円増額すると記載していたが、従前の春闘においては、このような形の回答がなされたことはなかったこと。

(5) 調教師会は、右回答の企業年金掛金の項目の中に、調教師会負担分は現行のまま据え置くこと及び廐務員クラブ員負担分を増額させることを明記していたが、従前の春闘においては、調教師会が廐務員クラブ員負担分の増額について言及したことはなかったこと及び企業年金の掛金については、従前、調教師会、廐務員クラブ、同クラブ員が当然のこととして各同額を負担していたこと。

それにもかかわらず、昭和六〇年四月一六日に発行された「関東労」の中に、調教師会負担分が増額にならないことが記載されていなかったこと。

(6) 昭和六〇年三月一八日に開催された廐務員クラブの昭和六〇年度第一回理事会においては、企業年金の掛金の増額も議題になり、関東労所属の理事から、春闘の中で調教師会負担分の増額を得られない場合にも、公的年金の労働者負担分への補助金を流用し、廐務員クラブ負担分及び同クラブ員負担分を増額させて企業年金の掛金を増額させるのがよいのではないかとの意見が出されたこと、しかし、被告所属の理事は右に反対し、全馬労所属の理事の一部も難色を示したこと、したがって、調教師会負担分の増額をも勝ち取れるよう努力することを確認したにとどまったこと、その後、春闘の中で、調教師会負担分を増額させないで妥結することについて、関東労又は全馬労から被告又は被告所属の廐務員クラブの理事若しくは監事に対して打診や相談がなされたことはなかったこと。

(二)  以上の各事実を総合すると、被告としては、共闘関係にある全馬労と合わせて調教助手及び廐務員の八五パーセント強を組織している関東労を長年に亘って指導してきた原告らが、調教師会に対して、企業年金掛金のうちの廐務員クラブ負担分の原資となる廐務員クラブ賞が増額されるならは調教師会負担分が現行のまま据え置かれても交渉を妥結させる用意があること、廐務員クラブ賞が増額された場合にはそれに伴って廐務員クラブ員負担分も後日開催される廐務員クラブの総会において増額されることになるであろうことを、被告には秘して、昭和六〇年四月一一日以前に予め告知していたと推測するのもやむを得ないところがあったと認めることができるし、本件記事の表現も不当であるとは言い難いものと認めることができる。

3  以上のとおり、企業年金と春闘の際の組合幹部の行動を扱った本件記事の内容は、仮に真実でなかったとしても、被告において真実であると信じるにつき相当な理由があったものと認めることができるし、その表現も相当であると言い得るところ、本件記事を掲載した本件組合ニュースの配布態様は前記二のとおりであって労働組合機関紙の配布態様として問題がないので、被告が本件記事を掲載した本件組合ニュースを配布した行為は、正当な労働組合活動の範囲内にあり、違法性はないと認めることができる。

したがって、被告の抗弁2は理由がある。

五  よって、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求はすべて理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菊地健治)

謝罪文

昭和六〇年四月一八日発行の組合ニュース掲載によって、奥村豊彦氏が使用者側と裏取引をして企業年金労働者負担分増額を取り決めたと指摘しましたが、これは全く事実無根でありますので、ここに訂正するとともに、奥村氏に対し深く陳謝いたします。

平成 年 月 日

全国一般労働組合千葉地方本部

美浦トレーニングセンター競馬場分会

右代表者分会長 村上善豊

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例